6年間の物語
東京で編集者として活躍していたご主人・龍さんが、妻の祥子さんと、菫ちゃん、栞ちゃんの二人の子どもたちを連れて、輪島に移住しようと決めたのは7年前のこと。仕事で数回訪れたことがあり、少しの人脈は築いていたとはいえ、心細さと不安の方が大きいのは事実だった。「ロジックな話ではなくて、衝動的に人生を変えたかったというのが正直な気持ちです。今考えれば、まさに背水の陣ですね」。
当時栞ちゃんはまだ生まれたばかり。移住後に出会った仕事も、小さな子どもたちと妻のためにと、とにかくがむしゃらに働き、3年後には正職員として採用されることが決まった。「最初の3年は、輪島という場所で地に足をつけるための僕の物語。それからの3年間は一緒に付いてきてくれた妻のための3年間にしようと決めていたんです」と龍さん。そこから「家を建てたい」という祥子さんの以前から抱いていた思いに、龍さんが伴走する日々が始まった。
熱量を共有する
インスタグラムで見つけた五割一分の家を見て、「ここで建てたい」と望んだのは祥子さんだった。オープンハウスに何度も出かけ、龍さんもその思いに共感した。「もともと妻は自分から発信するタイプではなかったんですけど、家づくりに対する熱量が僕の想像を超えていて。夢を叶えたいという“本気”を感じたし、僕も本気にならなきゃとスイッチが入りました」と龍さん。元々は書籍編集者として、多くの作家と読者をつないできた龍さん。その編集力が活きたのだろう。祥子さんと五割一分とのパイプ役となり、打ち合わせはスムーズに進んだ。 それは、書き手と編集者がいて、デザイナーが加わる雑誌づくりのようだった。三者でうまくコミュニケーションをとりながらどう理想に近づけるか。「それはとてもクリエイティブな作業で、編集者をやっていて良かったなと思いました」と龍さん。家を建てるということは、まだ見ぬものを買うという不思議な感覚。その不安を払拭するように、「私たちの好みをちゃんと理解してくれて、長いスパンでの使い勝手や好みの変化も見通した提案をしてくれました」と祥子さんは振り返る。
幸せな時間
大学時代には、フランス文学を専攻していた祥子さん。パリやイギリスのアンティーク家具が好みだった。プランナーから宿題として手渡された参考書籍にたくさんの付箋をつけて、イメージを五割一分に投げかけた。
「当然ではあるけれど、関わってくれた各々の担当の方が、建築やインテリア、"暮らし"に対する愛がすごく溢れていて、私たち夫婦二人の“好き”がどんどん広がっていく感覚がありました。その向こうに「理想の家」が見えたり隠れたりするドキドキ、“こんな家に住めるんだ”と確信した瞬間は今でも忘れられません。すごく良いキャッチボールができて、楽しい時間でした」と龍さん。家族全員がゆとりを感じながら、将来的にいろいろな過ごし方ができるようにと、一番時間を長く過ごすリビング・ダイニングには特に丁寧に打ち合わせを重ねた。
「子どもたちにとっては、ここで過ごす時間の記憶が将来ベースになって生きていく。この環境で、彼女たちがどう育つかが楽しみなんです」。椅子やソファ、テーブル、どれをとってもその形は記憶に残り、感覚に潜在的に影響を与えるはず。菫ちゃんと栞ちゃんの部屋は、これから少しずつ整えていく。その時間も家族にとってきっと幸せな宝物になるだろう。
DATA
所在:石川県輪島市
竣工:2021年
家族構成:夫婦+子2人
建築設計:五割一分
家具・照明スタイリング:五割一分
以下の写真は、建物竣工時に撮影したものです。