見知らぬ土地との出会い
鬼才ハーモニー・コリンの映画のタイトル、はたまた真夜中のFMから流れてくる名曲と同じ名を冠したヘアサロン。ミスター・ロンリーは、小矢部市郊外の閑静な街並みを車で走らせると、そっと佇むように見えてくる。高岡市に自宅を構える店主の松嶌宏之さんが、縁もゆかりもなかったこの土地に出会ったのは偶然だった。「娘のピアノ発表会で初めてこのあたりに来て、なんとなくいい雰囲気だなと感じたんです。改めて土地を探しにここを通った時に、体にビビッとカミナリみたいなものが走って。その瞬間に、もうここしかないと迷うことなく決めました」。オープンしてからも近隣に挨拶に回る程度で、積極的なPRはしなかった。だが、以前勤めていたお店のお客さんや、道すがらにお店を見つけた地元の人たちで徐々に評判は広がっていった。
タイムレスに、心地良く
「もともとは内気なタイプで、孤独はけっこう好きなんです」。家ではひたすらロックミュージックに浸り、雑誌や本を読み漁っていたという高校時代。将来の夢を描けずにいた時に、自営業を営んでいた父からもらった言葉が転機になった。「手に職をつけろ。そして、人からありがとうと言われる仕事をしなさい」。大阪の美容学校に進むことに決め、卒業後は富山に帰って美容院で17年腕を磨いた。そろそろ独立をと考え始めた時には、店舗は五割一分に任せると決めていた。「9年前に自宅を建ててもらって、今でも最高に気に入っていて毎日家に帰るのが楽しみなんです。仕事中もそんな空間で過ごせたら素晴らしいだろうなと。何年、何十年経っても愛されるように、奇をてらわず、この土地に溶け込むようなナチュラルなお店にしたかったんです」と松嶌さん。セット面とシャンプー台は分けてほしいと機能的な部分は伝え、あとは設計士に委ねた。
受け継がれる思い
大きな窓越しには、通りからお店の様子を見ることができ、逆にお店から外を覗けば小矢部の四季が感じられる。鏡台にはあえて何も置かず、ごくシンプルに仕上げられた店内に、雑誌やかわいい小物、レコードなど、松嶌さんのセンスがさりげなく散りばめられている。「以前勤めていたお店では物静かだったお客さまが、このお店になってからはよくしゃべってくれるようになって、そんな変化が僕にとってはすごく嬉しいことなんです」。店主が心から心地良いと感じる空間は、きっと訪れるお客さんにとっても同じだろう。年齢層は20代から80代までと幅広く、最近は親子で来てくれる女性客も増えた。昨晩、思わぬ出来事があった。小学6年生になる長男の盾(じゅん)くんが、「将来は美容師になりたい」と話してくれた。理由を尋ねると、お客さんから“ありがとう”と言われる仕事がしたいと。かつて松嶌さんが父からもらった言葉だった。「話したことがあったっけな…」そう言って松嶌さんは嬉しそうに笑った。