カクテルとの出会い
「女性が一人でも通えるバーを作りたかったんです」。そんなオーナー五代満美子さんの言葉通り、従来のどこか敷居の高いバーのイメージとは一線を画す、柔らかく心地よいバーが2020年10月魚津駅前にオープンした。富山の山と海に因んだ「青と青(ao to ao)」という店名に似合ったエントランスや店内は落ち着きのあるゆったりとした時間をもたらしている。
子育てをしながら、一人でこの店をオープンした五代さんの人生は実にドラマティック。結婚後、地元のカジュアルバーでアルバイトをしていた際、カクテルブックを眺めているうちにお酒づくりの面白さに惹きつけられ、本格的にバーテンダースクールに通うために“なかば家出同然で”東京へと向かった。
富山での再出発
「バーテンダーの業界は、当時は体育会系の縦社会で、もう理不尽だらけ…。ただ、辞めようと思わなかったのは、師事する人に出会えて、この世界で極めようという気持ちが強く生まれたからなんです」。
当初は、4ヶ月で富山に帰るつもりだったが、自由が丘や銀座などのバーで修行を積むうちにどんどんこの世界に魅了され、あっという間に半年、一年と時が経ち、東京では最後のお店となる神楽坂のバーで店長をしていた時に長男を授かった。そこから次男、三男と子宝に恵まれ、およそ11年間、仕事から離れ子育てに専念した。
「子育ての環境を考えると、ずっと富山に帰りたいなと思っていました。外に出てみて、やっぱり地元が好きだということが改めてわかって」。久しぶりに富山へ戻って育児に専念しながらも、落ち着いてからは、時間を見つけてはバーに足を運んだ。
「カウンターの外から、純粋にこの時間を楽しみたいと思った時に、『あ、お客さんてこんな風に感じるのかな、こんな風に見えてるのかな』と考える余裕ができて、『私ならこんなお店にしたいな』という視点が持てるようになったんです。その思いが積もって、形になったのが今のこのお店なんです」。
何でもない自分に帰る場所
夜明け前の海辺を一人散歩している時、立山連峰から覗く朝日に照らされた魚津の海を眺めながら、「青と青」という店名が浮かび、お店のコンセプトが決まった。「ここに来ることで、職場や家庭での立場、役割といった様々な肩書を一旦下ろして、何でもない自分に帰り、また日常に戻れる。そんな場所にしたい」。開業資金を貯めながら、オープン準備を着々と進めた。お店の場所は、3年間ほどかけていろんな場所を見た。店内の状況が全体に見渡せて、できるだけお客さんが落ち着けるよう、コンパクトな物件に絞って探し、ようやくこの空間が見つかった。
建築・家具・グラフィックと五割一分との打ち合わせを重ね、海の色、山の稜線、波の形…たくさんのアイデアが浮びカタチになった。「その後は ほぼおまかせで、私の想像をはるかに超えるくらい良いお店に仕上げてもらったので、私がこの空間にふさわしい佇まいでいられるように心がけています」と五代さん。
オープンから約1年、魚津市外や県外からの来店も増えている。これから5年、10年先、ここで新たな出会いが重なり、他のどこにもない、特別な場所へとさらに変わっていくのだろう。
DATA
aotoao
富山県魚津市釈迦堂1-1-3 大崎ビル2F
竣工当時の写真はこちらからご覧いただけます。